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w closet×JUGEM

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「心の灯が再び灯るまで」

私は、水頭症を合併した二分脊椎症者として、生まれました。
様々な症状を経験する事が、より増加していっても、自分なりに、楽しむ日々を送っていました。予期せぬ体調不良や症状増加は、それまでも、周りの症者の方々と比較しても幼い頃から早かったので、この先もその点においては、変わりないだろうと思っていました。
ただ、聴覚を除いては…。

2003年のお盆に3ヶ月ぶりの外出で、父と暑い中、汐留に行きました。
張り切りすぎた結果、熱中症により1歳の時から通院している小児科の病院へ救急搬送。熱中症の症状が落ち着いた夕方に、聴覚異常を感じたため、すぐに症状をドクターに伝えるも…相手にされぬまま診察終了。
19歳のこの日が訪れるまでは、健聴だったので、この先もその状況が続くものと思っていましたが、悪化の日々が続きました。この状況などを脳外科医に相談したら、耳鼻科の早期受診を勧められました。
そして2004年2月、念願だった耳鼻科の初診。この日にドクターからかけて頂いた言葉に、感動した事を今でも、鮮明に覚えています。

「私は、二分脊椎症について研究をしているけど、研究が足りなかったらゴメンね。」

2006年10月 病名「 巨大水頭症の悪化による聴覚失認 または 皮質聾」という診断に至りました。
「聴覚神経が圧迫されているため、音声認識ができない状態である」事の説明を受けました。
この日を迎えられるまでの間には、感音性難聴の可能性に触れられた事もあり、人工内耳の手術の話も出たことがありました。
ですが、MRI画像を見てドクターが、安堵の表情を浮かべながら…

「あの時、急いでオペをしなくて良かった。」

と話してくれた事が、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
この診断を受けて、聴覚障害者としての証明などのために、それまでの障害に加えて、「聴覚障害2級」が記載されています。私の場合は、健聴の頃より聴覚障害になってからの方が、相手に伝えたいと思う意思を強く持つことで、はっきりした発音となり、健聴の頃から知っている方にも、「今の方が聞きやすい」と言われるほどです。世間一般の考え方で見ると、障害が増える事はマイナスと捉えられる事が多くあります。確かに、障害が増えれば不自由さは多くなり、必要となる説明は長くなる一方です。

さらに、聴覚障害診断までの数年間、他のあらゆる症状をベテランに訴えても、診断が不可能な事の連続でした。
そのため、心因性と判断される事がとても多かったのです。その事が要因となり、心に大きな雪だるまが出来るほど、積もり積もったものとなっていくばかりでした。頭では、解らない事もあると理解しつつも、どうしても納得のいかない時をずっと過ごしていました。
そのような日々が長く続いていても、症状そのものとの付き合いは、尋常でない激しいものに襲われていない限り、楽しむ事は変わっていませんでした。
しかし、さすがに診断には絶望的な気持ちが膨れ上がって、次第に…
「もう、私が生きているうちに納得のいく診断は、されないのではないか」
と、心は諦めの境地に向いてしまっていました。
そして、「ここまで、調べ尽くしてくれた上での結果だから、受け入れよう」
とMRI診断の直前は、一つの覚悟をするかのような勢いで、自分に言い聞かせるようにしていました。

ところが、聴覚障害の診断を受けられたことで、他の症状についても諦めきれずに伝えながら待つ事ができれば、心因性診断が減少して…
いつか、解明へとつなげる事ができるかもしれないと、「希望の光」を見ることが出来ました。
ドクターによれば、このケースの聴覚障害を正確に理解している耳鼻科医は、当時の時点で…世界で10人程度だと聴いて、良い出会いに恵まれた事に感謝しました。その一方で、たくさんの誤診が続いているであろう現実を想像したら、ゾッとせずには、いられませんでした。
2006年4月にシャントトラブルがCTで確認されて、脳外科診の翌日に入院して、その2日後に手術しました。
退院後の初めて耳鼻科診で、シャントの再建術によって聴力の回復の可能性があった事を聴きましたが、私は変化がありませんでした。
2016年10月で診断から10年を迎えます。他の症状に関しては、軽減できればいいなぁと考えています。しかし、聴覚障害は多くの新たな発見をくれて、楽しんでいるので現状維持を望んでいます。

病気の完治ももちろん大切です。とらえ方は人それぞれあります。私は経験からそれ以上に、話し合える医師と出会って納得のいく診断されることの方がより重要で、症状と楽しく共存する可能性が広がると思います。
より患者の言葉が、届く現場の輪が多くなる事を願っています。

  • 2016.09.08 Thursday
  • 18:16

voice

「思わずびっくりポン!!」

今、いつものとんでんに来ています。
ブログを書くことに集中していたら…低音の響き共に突然店員さんの顔が視界に!!

思い切り、びっくりしてしまいました(°口°?)

ご用件は、「お茶のおかわりは、いかがですか?」となんともシンプルものでした。

びっくりした事を詫びるとともに、「全く聞こえないので、分からないとこのようになりやすいヤツですが、これからもよろしくお願いします!!」とお互い笑ながら、会話が終わりました(笑)
  • 2016.09.06 Tuesday
  • 19:05

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「中越沖地震から9年」

皆さんは、あの日の記憶にどのようながあるでしょうか?

私は、情報をどうやって得るかについて、集中していたのを覚えています。

2006年10月に聴覚障害を診断された事を受けて、2007年2月に身体障害者手帳を更新し、東京都主催の「読話講習会」を同年6月から週1回通い始めていた頃でした。
発生した日は、講習会に行く日でもなく、他のスケジュールもありませんでしたので、自宅にいました。

まだ、字幕放送に対応させたテレビではになく、チューナーの接続していなかったので、映像から分かる範囲内でと、限られたものとなりました。

そして、この地震発生後最初の講習会においても、災害発生時当事者としてどのような情報収集・行動を取るかについてが話題となりました。

私以外の受講されていた皆さんは、聴覚を除くと健常だという点も大きく、避難準備・行動に話が集中していました。

この講習会は、元々民家だった場所で行われていました。エレベーター・車椅子用トイレはありましたが、電動車椅子で行くと場所を取ってしまう事になり恐縮する面もありました。さらに寒い時期になって来ると、皆さんは寒いのに、1人だけ体温調節が出来にくい状態になりました。

このような現状から、本当は毎週行きたかったですが、体調・天気が行ける状況でも休む事を選択する時もありました。
そして、半年間スケジュールのうち約4ヶ月が過ぎた10月末。上記の理由に加えて、渋谷まで1人で寒くなる時期に1人で往復する事は、無理だと判断しやめさせていただきました。

母の同伴がなく、障害当事者同士での交流は成人後としては初めてでしたので、いい経験となりました(^_-)
  • 2016.07.16 Saturday
  • 16:45

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「おととい、訃報が駆け巡った 永六輔さん」

「おととい、訃報が駆け巡った 永六輔さん」

私が、この一報を知ったのはスマホで、その後テレビで順次報道された内容を見ました。

亡くなられた事実を知った瞬間は、驚きはなくてついにこの時が来てしまったかぁと、しみじみと実感するのが一番でした。
このニュースが広く知られ始めた頃、Twitterで「永六輔さん 手話ソング」と題された動画をYouTubeで見られるという情報を得られて、昨日、拝見させていただきました( *´?`*)

手話に特化して撮影されたものではないので、所々で手話や永さんの姿・手元などが見られないのが残念ではありましたが…

彼の伝えたい気持ち・愛情・ユーモアにあふれるもので、素敵でした( *´?`*)



そして、永さんが亡くなられた事を受けて、母とこんな会話をしました。

「亡くなる時は、黙って逝かないように。黙って逝かれると、こっちの準備が間に合わず困るから( *´?`*)」

と言われて、

「ああそう( *´?`*)」

「うちは何があっても大丈夫ね(笑)」

と答えて終わりました( *´?`*)


我が家、特に母と私の間では命について、子どもの頃から話の1つとして自然に話しています。

「葬送行進曲は、何がいい?」

と幼い頃から聴かれて、

ずっと「イッツ ア スモール ワールド」

答えていました( *´?`*)

2003年「世界に一つだけの花」に出会ってからは、

「この曲に変更して」

とお願いして、あっさり了承済みです(^_-)


後悔のない人生なんて、誰しも無理に近いと思いますが…小さな事の伝え残しは減らせたらなぁと考えながら、その時々で話しています( *´?`*)


最後に、改めて永六輔さんの御冥福をお祈り致します。
  • 2016.07.13 Wednesday
  • 12:42

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「期日前投票と当日投票を経験して感じたこと」

私が住んでいる地域では期日前投票は「石神井庁舎」、当日投票は「井草高校」と投票所が異なります。

今回、初めて当日投票を経験して、私は期日前投票の方が合っている思いました。

理由は

・当日に行くと、より多くの人が居てスペースにゆとりがなかった事

・スタッフの方に代筆・代理投票をお願いするにあたり、連携に慌ただしさがあったから…

です。

投票はずっと1人で行って、毎回代筆・代理投票をしていましたが、ずっと同じ感覚でいたので新鮮でしたし、いい経験する事ができました。

今後、全国各地でよりスムーズな投票が実現されることを願っています(o^^o)
  • 2016.07.10 Sunday
  • 21:10

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「マシュー・カスバート」

今日は、アニメ版「赤毛のアン」のセリフ集をじっくり味わいました。

以前から、マシュー・カスバートは、なぜこれほどまでに心に深く残るのか不思議です。


もの静かに生きて、たまに話す言葉がどれも暖かく、そして、長年患っていた心臓による発作で、最後の時はあっという間。

話し始める時は、いつも「そうさのう」で始まる。

改めてアン・シャーリーは孤児院から、マシュー・カスバート マリラ・カスバートの兄妹の下に引き取られ幸せだったなぁと、しみじみ(o^^o)
  • 2016.06.21 Tuesday
  • 17:27

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「しゃべることと書くことは違うもの」

皆さんは、アニメなどで好きなセリフはありますか?それは、どんなセリフですか?

私は、ひとつはタイトルにした「しゃべることと書くことは違うもの」です。これは2015年に母とハマった「赤毛のアン」に出てくるセリフです。ある日、作文を宿題にされて何をどう書くか悩んでいる時に、主人公のアン・シャーリーが言った言葉です。この一言を字幕放送で読んだ瞬間に思わず笑顔になりました。同時に、彼女との共通点を見つけられた喜びは、今も鮮明で思い出し笑いをしそうなほどです。
私は、子供の頃から詩を書く事が好きで、よく書いています。しかし、長文はずっと評価されずにいたので、このまま変わらないものと思っていました。
ところが、2013年に初エッセイを医学雑誌に掲載して頂いた事がきっかけとなり、最初の一歩を認めて頂けたのです。大げさに思われるのは確実ですが、「私が生きているうちに、こんな経験ができるとは!」と喜びも倍増以上でした。
そして、あれから3年が経った今もまだ、夢うつつのような感覚が抜けません。
そのような私の様子を見て、もどかしい思いをされている方もいて…いろいろアドバイスを頂くも…私にとっては難題でして、思うように進んでいない事に対しまして、申し訳なさを感じるほどです。

しかし書く事は、あくまでも私なりではありますが、楽しく好きです。なので、とにかく続けていきます!!

もう一つ、アン・シャーリーの言葉の中で、心に刻みながら…
「曲がり角のむこうになにがあるか、今はわからないけど、きっとすばらしいものが待っていると信じることにしたわ。それに道が曲がっているというのも、またなかなかいいものよ、マリラ。あの角を曲がったら、その先はどうなっているんだろうって思うもの。」と。

私も、いろいろ楽しみたい!
  • 2016.06.17 Friday
  • 16:58

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「涙の場所」

伝わる言葉が

見つけられなくて

泣いていた日々

それが「音のない世界」に移住して一変

人の話を「聴くこと」に集中するために

泣けなくなった

さらに「3.11」から間もない頃

被災地の現状を映像を目の当たりにして

時には泣きたいのに

泣けなくなっていた

ある時、ママと震災関連番組を見ていて

彼女が涙しているのに気づいたから

思い切って聴いてみた

「今って、泣いていい時?」と

すると

「泣いていいんだよ」

と言ってくれてホッとした瞬間は、今も鮮明

これが、やっと涙の場所を見つけられた時
  • 2016.06.15 Wednesday
  • 19:24

voice

「障害って、なんだろうね。」

常に、ぼんやり考えている事ですが…今日は改めて少し意識して思う時間がありました。
きっかけとなったのは、心友のブログとLINEでの会話でした。

先天性当事者である私にとって、障害がある事が自然です。
もちろん、介助してもらう事の多さ・症状の解明が長期化、さらに病気が増えれば説明も長くなるなど厄介な面も、もれなくついてきます。
さらに、私は外見から障害当事者と分かります。しかし聴覚障害に関しては、補聴器をしていなくて、音声も自然なので自ら伝えない限り、誰もわかりません。また、お話をしていても…「本当に聞こえないの?」と数え切れないほど聴かれてますが、もう慣れました(笑)
高度難聴の認定を受けてから、2016年10月で10年になるんですけど。説明は、やっぱり必須です。

さらに、外見からは障害を有している事が分かりにくい、もしくは分からない方は、このような事がもっと頻発なのは確実だと思います。
そして、自分自身が障害について受け入れる事も非常にハードルが高いことを、これまで、多くの当事者の方々にお会いしたりする事で感じ続けています。
人それぞれ、病気も受け入れ方も様々です。

たくさんモヤモヤする事も、あるでしょう。

まず大事なのは、自責しすぎないでくださいね。どこから障害なのかも、説明しきれるものではないと思いますし。
障害って何?と、聴かれても私も答えきれません。


そして、1番確実なのはみんな「人」であることは共通ですよね(*^_^*)

コツコツと、より多くの人が過ごしやすい世界になる事を願いつつ、伝えられる事を1つずつ私なりに伝え続けたいです(^_-)
  • 2016.06.14 Tuesday
  • 19:35