2016年9月のオープン直前に、この映画館について知りずっと行きたいと思いながら…まだ実現できずにいます。
取り上げられる度に、嬉しくなります!
以下は、原文のままです。
わずか20席ながら、すべての座席の肘掛けにイヤホンジャックが備え付けられている。受付で借りたイヤホンを差し込むと、音楽に乗って音声が流れてくる。「シネマ・チュプキ・タバタへようこそ」。ここは、誰にとっても優しい日本初の“ユニバーサルシアター”、東京・田端の「シネマ・チュプキ・タバタ」だ。
◆始まりはサイレント映画の「街の灯」
JR山手線と京浜東北線が分岐する田端駅の近く、田端駅下仲通りにシネマ・チュプキ・タバタ(以下チュプキ)が誕生したのは、昨年9月のことだ。
視覚や聴覚に障害のある人、車椅子のお年寄り、小さな子供連れなど、誰にとっても優しい日本初のユニバーサルシアターをコンセプトにしている。
運営母体は、ボランティア団体「バリアフリー映画鑑賞推進団体シティ・ライツ」。代表の平塚千穂子さん(44)が、視覚障害者も映画鑑賞を楽しめるようにと、2001年から音声ガイド作りに取り組んで始まった。
音声ガイド作りのきっかけは、チャールズ・チャプリンが監督、主演したサイレント映画で、盲目の花売り娘とのふれあいを描いた「街の灯」(1931年)を、目の見えない人にも楽しんでもらおうという無謀な企画だった。
これは実現しなかったが、知り合った視覚障害者から、サイレントどころか普通にせりふのある映画も見る機会がないといわれ、テレビの副音声みたいなものをつけてほしいと要望された。
「調べると、海外では音声ガイドが普及していましたが、日本ではほぼやっていなかった。こうして最初は研究会という形でスタートを切りました」と平塚さん。ちなみにシティ・ライツは「街の灯」の原題だ。
◆観客の耳元でささやくことから始めて…
平塚さんらは、週に一度の研究会を重ねた結果、視覚障害者のための鑑賞会を開く。事前に相談して了承してくれた映画館が会場で、作品は大ヒットアニメ映画「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督、2001年)。参加者6〜7人それぞれに研究会のメンバーが1人ずつついて、耳元でヒソヒソ解説する方法をとった。
平塚さんが振り返る。
「映画と同時進行で解説できる人もいましたが、私は言葉が出てこなくて、『誰だっけ、このおかっぱの人?』などとやってしまいました。謝ったら、『全然分からないよりは、ずっとよかった』と言ってくれて…」
この“ヒソヒソ解説”の希望者は殺到した。そこで、複数の人に同じ音声ガイドを聞いてもらう方法として、FM波の周波数を利用して無線で飛ばす方法を考案する。映写室からボランティアが語る解説を全員がイヤホンで聞くというシティ・ライツの鑑賞会は、現在も続けられている。
その後、スマートフォンなどを介した「UDキャスト」というバリアフリーサービスを利用して音声ガイドを制作する映画会社も増え、映画館で視覚障害者が映画を堪能する壁はかなり低くなりつつある。
「じゃあ、ほかの人が手をつけないところを、と考えました。シネコンで上映する大作ではなく、単館でしかかからないような作品も見てほしい」
こうして、自らチュプキという映画館をオープンさせることになる。
◆生きがい探しのお手伝い
20代後半にある事情からマイナス思考に陥っていた平塚さんに唯一、自分の居場所を与えてくれたのが映画館だったという。映画を見るうちに、人生はさまざまだなと心が癒やされ、やがて前向きに考えられるようになっていった。映画を見せる仕事をしたいと思ったのは、そのときの経験が大きい。
「今は多分、幸せとか、喜びとか、生きがいとか、そういうものを探すお手伝いを、映画を通じてやっているんでしょうね」
「ニュー・シネマ・パラダイス」(ジュゼッペ・トルナトーレ監督、1988年)に出てくる映写技師、アルフレードの「映写しているだけでも自分が楽しませている気がする」というせりふに共感する。
「音声ガイドを作ることで、私もきっと製作者と同じ気分になっているんです。すごい映画を作っていただいたことに感謝しつつ、それを観客に届ける一端を担えることは光栄であり、自分の幸せにもつながっています」
こんな平塚さんを支える立場として、チュプキの支配人を務める佐藤浩章さん(27)も映画の魔力にとりつかれた1人だ。2013年のシティ・ライツが主催する映画祭で、視覚障害者の誘導役として初めて参加した佐藤さんは、「遠い空の向こうに」(ジョー・ジョンストン監督、1999年)の上映の際、始まってすぐに居眠りを始めたように見えた男性客が、最後は嗚咽(おえつ)している姿を見てショックを受ける。
「目が見えない人には分からないだろうと、勝手に思っていた自分が恥ずかしかった。目が見えない人も見える人もみんな泣いていて、この感動を誰かに伝えたいと思い、何でもいいから関わらせてくださいと、平塚さんに訴えました」
◆「映画は心で見るもの」を感じてほしい
チュプキは平塚さんと佐藤さんの2人体制で昨年9月にオープン。半年が過ぎた。全回満席でやっと維持できる程度と経営自体はなかなか厳しいが、音声ガイド制作の仕事が舞い込んできている。
音声ガイドをモチーフにした河瀬直美監督の新作「光」(5月27日公開)にも携わり、その縁で、河瀬監督の「あん」(2015年)をチュプキで上映した際は、主演の樹木希林さんと永瀬正敏さんが来場。2人が20席の観客を前にトークを繰り広げる“奇跡”が実現した。
田端の街の人々の優しさにも触れた。視覚障害者の人が道に迷っていればチュプキまで連れてきてくれた。メニューを読みあげてくれる飲食店もある。バリアフリーな街だ。
常連の観客も多い。千葉県佐倉市の塩田真知さん(65)は、月に2本ほどチュプキで映画に親しんでいる。徐々に視力を失い、今ではほとんど見えていないが、ここでは十分に映画を楽しめるという。
「見えなくなって余計に想像力が膨らむというか、視覚以外の感覚が広がっている感じがする。ここは音がぐるぐる回ったりして、テレビでは味わえない音響を体感できる。ほかのお客さんの反応も伝わってくるし、ここができて本当にありがたいですね」
平塚さんが言う。
「活動を続けてきたのも『映画は心で見るものだ』という黒澤明監督の言葉があったからで、それを感じ取っていただけたら」
これからも多様なラインアップで映画を提供していくつもりだ。
さらに、チュプキの音響システムは、健常者にも魅力だ。
「障害者専用映画館というわけではありません。音声ガイドが、視覚障害者だけのものではなく、目の見える人にとっても映画をより深く味わうツールとして面白いとなってくれば、もっと広まってくるのではないかと考えています」
確かに音声ガイドを聞きながら映画を見るのは、ほかの映画館では味わえない新しい刺激だった。
私と行ってくれる方は、いらっしゃいますか?