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「聴くこと と 聞くこと」

「聴くこと と 聞くこと」14「2つの事故」

この他の大きな事柄としては、単独事故を2回経験しました。
2009年11月末の事でした。電動車椅子を自分の操作ミスにより誤作動させた結果、手動ドアに衝突しガラスを大きく割ってしまった事があります。この時は、体に感じた振動はもちろん大きかったですが、自らが引き起こしてしまった事への重大さが、第一にありました。そして、自分だけでは対応出来る範囲内ではない事を、即判断しなければならず、お店側に対してお詫びの気持ちを持ちながらも、「音のない世界」に移住して6年が経っていた当時、いかにパニックにならず相手の話を読み取ったり、両親への説明が最優先でした。なお、この事故による目視から分かるケガはありませんでしたが、ドアに衝突したことによって、「軽度外傷性脳損傷」を発症したと、後に脳外科で診断されました。これ以前からあった様々な症状の積み重ねがある上に、さらなる衝撃となったので、一気に大幅な運動機能の低下する引き金となりました。発症の翌日から、まるで麺棒で叩かれたこんにゃくのように全身に力が入らない・頸椎から腰椎にかけての広範囲にわたる激痛などに振り回られる日々が、ずり這いができるようになるまでの2ヶ月半続きました。この間は、それまで以上に介助してもらっても通院すら出来ない状態でした。不随意運動も激しく、ケータイ操作が数少ない出来る事の一つとなっていました。そのため、2005年頃から、徐々に楽しみの幅を拡げていたブログに自分の現状を投稿する事で簡素な内容にもかかわらず、少しでも私の症状の現実を把握してくださったり、小さな回復を共に喜んでもらい、外界とのつながりを強く感じられて、大きなエネルギー源となりました。

時は前後しますが…2002年、高校在学中に校内にて手動車椅子を自力で操作して、エレベーターから降りようとした際に、いつもなら自分のペースで出来ていたことが、完全にうまくいかず車椅子から落ちてしまった事があります。発生したのが授業中で、しかも学年末。普段なら、ちらほら同級生も通りかかるので、助けを求めやすくても、さすがに、この時期は進級に向けて個々に必死な事もあり、人通りも少なかったのです。助けを求められるまでの間に、「ガシャン、ガシャン」とドアに何度も挟まれたことは、音と記憶の中の映像とともに今も、はっきりと留めています。この時に聞いた音が当時の自分には強烈過ぎたことや、補装具を履いていて足自体は保護されていたものの、ドアに挟まれたことによって感覚麻痺があるのに痛みを感じたため、この日は早退しました。そのまま、いつもの小児科の病院を受診して、レントゲン検査を受けたところ…

「骨に少し傷がついたかも」という診断を受けました。
皮肉にも、この診断が高校時代の中で唯一、心因性と判断されなかった症状となりました。この事態を受けて、ドアの開閉時間を延長して頂きました。その後も登校は続けられたものの、音に対する過剰反応が、ものすごく増えてしまいました。それは、担任から各教科を担当していた先生方に対して、事情説明や大きな音や声を可能な範囲内で控えてもらえるように、お願いをしてもらなければならないほどでした。それでも、うまく教室に居られないことが多々ありすぎて、長時間保健室にいさせてもらいました。様々なご迷惑をかけ続け、いろんな人々を巻き込み、対応してもらなければならなかった現実には…今も申し訳ない気持ちがあります。ですが、その気持ちより遥かに粘り強く対応してくれたり、共にいて変化を気づき続けてくれた高校時代の仲間や恩師の方々への感謝する思いは絶大で、言葉にし切れるものではありません。

この2つの事例を比べると、「音のある世界」の時の方が私にとっては心の大パニックにつながりました。

そして高校時代の事故に関しては、これまで母そして当時、私の事を支えてくれた担任を筆頭に関係者・診察で話題にする事はあっても、公に対してお伝えする事を控えいました。
理由としては、私自身が公表するにあたり、心の準備をするために、たくさんの時間が必要だった事。そして、書く事で恩師達にどのように捉えられるかという点において、一番の不安があったからです。
しかし、本作を書くには…
「避けては通れない事実」と考えて、このような事故は、可能な限り1人も経験して欲しくないという思いは、ずっと強く持ち続けています。
そして、そう願う気持ちは私の高校生活を支えて下さった方々も、同じだと確信しています。
本気で願っているから、お伝えさせていただく必要性を思わずにはいられない。これが、公表に踏み切る決断したことのすべてです。

ここまで私の経験・体験を中心として、お話させて頂きました。

これを書き進めるにあたっては、私にとって自然となっている世界を、どう伝えたらいいのだろうかと、思う事も多くありました。そのような時には、母や友人に迷わず質問出来たことが、支えとなりました。
  • 2016.07.11 Monday
  • 18:46

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