車やバスに乗るほどの距離ではないが、歩くにはつらくて、移動をためらってしまうーー。
こういった人たちに使いやすい移動手段を提供しようとベンチャー企業が取り組みを始めている。開発しているのは“自動運転の車いす”。
高齢者や障害がある人たちが使うイメージの車いす、その利用をさらに広げていく挑戦に迫った。(経済部記者 井田崚太)
車いすが自動で送り迎え!?
東京・大手町。
NHKも取材拠点を置くオフィスビルに2月1日、ベンチャー企業などを集めて新たなビジネスを生み出すための拠点が開設された。
興味を持って、オープンイベントに行ってみたところ、“それ”を目撃した。
無人でやってきて、人を乗せて運ぶ自動運転の電動車いす。
4つの車輪で移動し、まるで未来の世界からタイムスリップしてきたような乗り物だ。
手がけたのは横浜市に本社を置くベンチャー企業 “WHILL(ウィル)”。
平成24年の創業以来、スタイリッシュなデザイン、通信機能などを備えた先駆的な電動車いすを開発・販売してきた。
車やバイクのように、車いすも自分らしい「乗り物」として選んでもらおうというビジョンに共感が集まり、国内外の投資家からもサポートを受けている。
アメリカやヨーロッパにも市場を広げているベンチャー企業が新たに”自動運転の車いす”の開発に取り組むのはなぜか。
創業者のひとり、福岡宗明さんはねらいをこう語る。
「『足が不自由な人』とひとくくりに言っても、そこにはグラデーションがある。多少は歩けるが、長い距離を移動するのが難しい人たちは『自分はまだ車いすの世話になりたくない』とよく言うが、もし呼んだら自分のもとに来て目的地まで連れて行ってくれる車いすがあれば、きっと『乗ってみたい』と思うはずだ」
移動の新たな選択肢に
イギリスの空港での実証実験
空港やショッピングセンター、それに観光地で、利用したい人がスマホなどで呼ぶと、無人の車いすが自動運転で迎えに来る。乗車中は利用者自身が操作をするが、障害物があったり、急に人が飛び出してきた時には自動で一時停止。目的地で利用者が降りると、自動で待機場所に戻る。
このベンチャー企業が想定する自動運転の車いすの利用法だ。開発した車いすには、車の自動運転に使われるカメラやセンサーが左右のひじ掛け部分や後方にそれぞれ備え付けられていて、周辺の状況を把握。
最高速度は6キロで、地図情報をデータとして入力することもでき、自動運転に必要な機能は整っているという。事業者にとっては、車いすの貸し出しや回収などにあたる人員を減らすことができるというメリットがある。このベンチャーでは、歩行が困難な人への介助が義務づけられているヨーロッパの空港などへの導入を想定している。
すでにイギリスのヒースロー空港などと導入に向けた協議を開始。
自動運転中の安全確保など実際の運用に向けた課題にも取り組んでいく。
「目的地まで車やバスを利用したとして、駐車場やバス停など、手前まで行くことはできても、その先の屋内では突然移動の選択肢がなくなる。新たな車いすは、屋内でも楽に移動できる唯一の乗り物だ」(福岡宗明さん)
福岡さんは人手をかけず、スマホなどで手軽に呼べることで、利用が増えると期待している。
気軽に車いすに乗る時代を目指して
さらに、このベンチャー企業が目標に掲げているのが、自動運転の車いすの公道での実用化。
屋内の利用実績を積み上げたうえで、2020年中には、屋外での利用に乗り出す方針だ。電動車いすは、道路交通法上、「歩行者」と位置づけられているが、自動で動くとなると、明確に対応する法律はないのが現状。
今後、安全対策を始め、警察など関係機関との丁寧な話し合いが必要になる。車いすといえば、高齢者や障害のある人が利用するイメージがあるが、その概念にとらわれず、多くの人たちの移動の手段、“パーソナルモビリティー”として提供していきたいという。
“歩くのに少し疲れた”という人にも気軽に乗ってほしいというのが彼らの願いだ。
「自動運転の車いすが街なかを走る時代は、近い将来、現実になるだろう。すべての人が楽しくスマートに移動できる社会を実現したい」と福岡さんは意気込みを語る。
新たな移動手段として自動運転の車いすが広がるか、今後に注目していきたい。
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