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《『わろてんか』吉本せいさんの生涯「笑いの陰に多くの涙」週刊女性PRIME 2017年10月12日付》

朝ドラ 「わろてんか」では、明るいヒロインですが、こちらを読んでより一層注目したくなりました(^-^)以下は原文のままです。


吉本せいさん 社会貢献が認められ1928年には紺綬褒章を授与された


 10月2日よりスタートした、NHK朝の連続テレビ小説『わろてんか』。葵わかな演じるヒロイン・藤岡てんのモデルが、吉本興業の創業者である吉本せい。

「せいはお笑いでなくても、ほかの仕事でも何でもできる人だったと思います」

 そう話すのは、『吉本興業の正体』(草思社)の著者である作家の増田晶文氏だ。

 “笑いの女王”と呼ばれたせいだが、私生活は決して“笑い”だけではなかった。その波瀾万丈の生涯を知れば、きっとドラマを何倍も面白く見られるはず─。
(1)夫の放蕩ざんまいの末に

 大日本帝国憲法が公布された1889年(明治22年)に、せいは兵庫県明石市で林家の三女として生まれる。綿や麻などを扱う太物商だった両親は、彼女が生まれてすぐに大阪の天神橋筋に引っ越し、米穀商を始めた。

 10歳になったせいは、行儀見習いで米穀仲介業の名門商家に奉公に上がる。ここは倹約家で知られ、食事をあまり進ませないよう、奉公人に悪臭の漂うところでご飯を食べさせたというほど。のちにせいが“倹約第一”という考えを持つのは、このころの体験が影響しているのだろう。

 17歳になると、大阪市内の本町橋詰にある荒物問屋『箸吉』の跡取り息子・吉本吉兵衛へ嫁ぐ。ちなみに荒物とは、マッチやろうそく、たわしなど日用品を扱う店のことだ。

「吉本家に嫁入りした3年後に晴れて入籍。それと同時に吉兵衛は家督を継ぐのですが、商売に精を出すことなく道楽ざんまいだったのです。当時、大阪では“ぼんち”と呼ばれる、旦那衆が落語家などを連れて歩いたり、自らも舞台に上がったりする芸人道楽が流行しており、彼もそのひとりでした」(文芸評論家)

 店は日露戦争の影響を受け台所事情は悪化するも、夫の道楽は直らず、相変わらず芸人たちに祝儀を渡す日々。ついには、剣舞にのめりこみ商売そっちのけで地方巡業に出てしまうほどだった。

 そのため、店は破産宣告を受け、手放すことに……。
(2)姑のいじめにもめげず

 おまけに、吉本家に嫁いだせいを待っていたのは、姑ユキのいじめ。ユキは舅の後妻だったため、吉兵衛にとっては継母。息子ともうまくいってなかった。そのためか、嫁に対しては必要以上に厳しい態度で接していたという。

「例えば、厚子と呼ばれる仕事着で着ていた木綿織物を、姑の命令でせいは何枚も洗わされたのです。厚手の木綿を手洗いで洗うのは大変な重労働で、手のひらの皮がむけてしまい、たらいが血で染まってしまったそうです」(前出・文芸評論家)

 また、姑のケチぶりも有名で、倹約家に奉公していた彼女でも閉口したほど、お金に関してもうるさかった。晩年には、せいが当時のことを思い出し姑にされた仕打ちを周囲に話していたということからも、よほど嫁姑の闘いが厳しかったのだろう。
(3)夫の道楽が成功のカギに

 倒産後はせいの内職などで家計を支えていたが、そんなときに吉兵衛が天満宮裏にある寄席『第二文藝館』を買うことになる。

 権利金など500円(現在で200万円ほど)かかったが、これを彼女の実家などから借金し、用立てた。

 だが、文藝館は端席と呼ばれる格下の小屋で、客の入りは悪かった。そのため、人件費を抑えるためにせいが自ら入り口に座って客の対応をし芸人の世話などもした。有名な落語家は出演料が高くて呼べないので、曲芸や剣舞などの色物を中心に興行し、徐々に客足は増えていったという。

「彼女が先頭に立ち、のどが渇いてラムネが売れるよう塩辛いものの物販に力を入れたり、暑い日は冷やし飴を店頭で売り、客を呼び込んだりしたそうです。文句も言わず、24時間全身全霊を込めて働いたのはなかなかできることではないですよ」(増田氏)
(4)吉本拡大と吉兵衛の死

 せいの営業努力により、文藝館は大繁盛。そして1913年に『吉本興行部』を設立し、次々と寄席を手に入れていく。1915年には、伝統のある一流寄席『金沢亭』を買収し、『南地花月』と名づけた。現在も続く吉本の寄席『花月』の1号店である。

 1921年には東京へ進出。翌年、『神田花月』をオープンさせるなど順調に成長した吉本だが、1924年に37歳の若さで夫の吉兵衛が他界してしまう。夫の道楽からスタートし拡大を続けてきたところで、伴侶を失ったのだ。

「吉兵衛が若死にしたときに、泣き寝入りせずに、次々と策を打っていったというのは、当時の女性としては偉いですね。立ち止まらずに前を向いていった。ちょうどそのころ『大正デモクラシー』があったことも大きいと思います。“自分たちは月ではなくて、もともと太陽なんだ”なんていう女性の意見が出てきた。そんな時代が彼女を後押ししたんでしょうね」(増田氏)
(5)跡取り息子の死で─

 夫の死後、せいのビジネスを支えたのが10歳年下の弟・林正之助だ。せいと二頭体制で会社を支えていく。

「正之助は芸人の給料を月給制にするなど待遇を改善した反面、厳しく管理した。そんな中で、せいがお母さんのような役をしていたのでしょう。芸人たちは“正之助に言ってもなにもしてくれないけれど、このおばはんに言ったら解決してくれる”みたいな。この役は彼女だからこそできた、女将さんみたいな包容力ですね」(増田氏)

 1938年には、大阪のシンボルである、通天閣を買収。事業は拡大し、“女今太閤”と呼ばれるまでに。だが、彼女に最大の不幸が訪れる。

「8人の子宝に恵まれたせいですが、長男を含む4人が成人する前に亡くなっているんです。跡取り息子として残った唯一の男子である次男・穎右を溺愛するのですが、1947年に肺結核のため24歳の若さでこの世を去ってしまうのです」(スポーツ紙記者)

 穎右は『東京ブギウギ』で知られる9歳年上の笠置シヅ子と交際。だが、せいは最後まで結婚を認めず、彼の死後すぐに、シヅ子は女の子を出産している。

 跡取り息子を失ったせいは、表舞台に姿を見せなくなったという。そして、息子の死から3年後の1950年、後を追うようにこの世を去った。

 “笑い”の陰に多くの涙を流した女傑の生涯。そこには、ドラマでは描かれることはないかもしれない、壮絶な女の一生があったのだ─。
  • 2017.10.13 Friday
  • 17:58

雑誌

「SMAP『世界に一つだけの花』デイリー1位/週間9位に 3人の門出に華 Oricon News 2017年9月12日付」

この記事を読み、心が温まりました(^O^)以下は、原文のままです。

 昨年末に解散したSMAPの代表曲「世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)」(2003年3月発売)が、9/18付のオリコン週間シングルランキングで1.8万枚を売り上げ、先週付のランク圏外(200位以下)から9位に急浮上した。CDデビュー記念日にあたる9日付のデイリーランキングでは1位を獲得しており、8日をもってジャニーズ事務所を退所した稲垣吾郎さん、草なぎ剛さん、香取慎吾さんの3人の門出に華を添えた。

 同シングルの週間TOP10入りは、グループが解散した昨年12月31日の集計期間にあたる今年1/9付以来8ヶ月ぶり。累積売上枚数は310.9万枚に達した。


 昨年8月の解散発表以降、同曲は「累積売上300万枚突破」を目指すファンの購買運動で着実に売り上げを積み重ね、11/7付で累積売上289.9万枚に達し、シングル歴代5位に。11/21付で歴代4位の293.2万枚、11/28付で歴代3位の294.2万枚、そして12/8付デイリーランキングで累積300万枚を突破した経緯がある。今回もファンの結束力によってTOP10入りが実現した。
  • 2017.09.12 Tuesday
  • 14:18

雑誌

「聴覚障がい者から学ぶ本物のコミュニケーション力 日経DUAL 2017年9月6日付」

朝からとても素敵な記事に出会えました!!

特に、「コミュニケーションは、話し言葉だけで成り立っているわけではありません。ほんとうに理解すべきことは、言葉以外の部分にもっとたくさんあります。表情やしぐさ、それらによってほんとうに言いたいことは理解されていくはずです。」という部分に深い実感と喜びが湧き上がりました!!
以下は、原文のままです。


「しー! おしゃべりしよう」不思議なキャッチフレーズだと思いませんか? 音声をシャットアウトしてコミュニケーションを楽しむイベント「ダイアログ・イン・サイレンス」が、この夏、東京・新宿の「LUMINE 0<ルミネ ゼロ>」にて開催されました。無音の空間で、表情とボディランゲージだけで、初めて会う人を含む12人ほどのグループでコミュニケーションするエンタテインメントです。そこで「アテンド」と呼ばれる案内人は聴覚障がい者です。こんな奇想天外なイベントを創造したのはドイツ人哲学者、アンドレアス・ハイネッケ博士。このイベントを通じて、ハイネッケ博士がほんとうに伝えたかったことについて、話してもらいました。子どもたちが、これから世界の人々とコミュニケーションしていくときに、ほんとうに必要な「力」って何なのでしょうか? 博士のお話にはそのヒントがたくさんありました。




アンドレアス・ハイネッケ博士
 ドイツ哲学博士。20代のころ、ラジオ局勤務時代、同僚の視覚障がい者と共に働いた体験から、1988年「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を創設。視覚障がい者が案内人となり、暗闇を体験するというエンタテインメントイベントは、日本を含む41カ国以上で開催され、800万人以上が体験。ダイアログ・イン・サイレンスは1998年よりスタート、100万人以上を動員し、日本での開催では20万人以上(2017年8月現在)が体験することになった。


■コミュニケーションにほんとうに必要なのは「言葉」じゃない

 誰かに自分のことを伝えたいと思ったときに、大切なことって、なんだと思いますか? 言葉でしょうか? 
例えば、私がしゃべったことをメモを取らずに10分後に繰り返してください、とお願いしても、まず正確に再現することはできないはずです。細かい言い回しや正確な数字などの再現はとても無理。ですが、全体的な印象は残っているはずです。楽しい話だったとか、怖い話だったとか、その部分に伝えたいことの一番大切なことがあると思っています。

 コミュニケーションは、話し言葉だけで成り立っているわけではありません。ほんとうに理解すべきことは、言葉以外の部分にもっとたくさんあります。表情やしぐさ、それらによってほんとうに言いたいことは理解されていくはずです。

 例えば、椅子にだらしなく座って、「お元気ですか? 私は、とっても気分がいいんです。すっごくハッピーです!」と、この顔で言われたら? 表情を見てくださいね。どうでしょう。


 私はハッピーだと言ったし、嘘はついていません。だけど、この顔を見たら、「ほんとうに?」と疑うでしょう。こんな表情では、見えていることと言葉には矛盾ができてしまうんです。ここで分かるのは、コミュニケーションは言葉だけでは成立しないということなんです。

 コミュニケーションではボディランゲージが非常に重要です。「ダイアログ・イン・サイレンス」のアテンドは、言葉以外で自分の思っていることを伝える能力に長けています。そして彼らはアテンドすることによって、皆さんのコミュニケーション能力を引き出し、高めようとしてくれるはずです。これは逆説的に聞こえるかもしれませんが、「ダイアログ・イン・サイレンス」では、耳の聞こえない方たちが、耳の聞こえる私たちに、コミュニケーションのしかたを教えてくれるのです。

 「ダイアログ・イン・サイレンス」は、ただ単に耳が聞こえない状態を疑似体験するわけでも、耳が聞こえない人のことを理解するだけのイベントでもありません。それを超えた別の世界を体験してもらうというチャンスなんです。「ダイアログ・イン・サイレンス」は、私たちの日常世界とはずいぶんかけ離れた空間です。だからこそ、お互いをもっと知ろうとするし、学び合おうとします。聞こえる人が聞こえない状態になることで、聞こえる世界と聞こえない世界、両方の様々な側面を知り、つながり合う対話が生まれます。

 今話したことを、例えば簡単な指の動きで表現することができます。人差し指と親指で輪っかを一つ作ります。これが耳の聞こえない人の世界。もう一方の手で同じ輪を作ります。こちらは耳が聞こえる人の世界。その輪をこうしてつなぎ合わせることで、お互いの世界がつながることが表現できます。これは手話ではありませんが、今話したことは、言葉だけでなく、このボディランゲージが伴うことで、より深い意味が伝わるんじゃないでしょうか。
■親子のコミュニケーションの始まりはそもそも言葉を使わない

 そもそも、生まれたばかりの赤ちゃんとママの初めてのコミュニケーションには言葉は伴いません。まさに「ノンバーバルコミュニケーション(言葉を使わないコミュニケーション)」です。そこではママがコミュニケーションのしかたを赤ちゃんに教えているわけではないはずです。実は、ママのほうが子どもからコミュニケーションのしかたを学ぶのです。

 まだ言葉を使い始める前の子どもには、大人の言葉だけで話しても伝わりません。大人は違うコミュニケーションを学ばざるを得ません。こうして、子どもと大人のコミュニケーションのためには、全身のあらゆるパーツを使うことになります。大人もボディランゲージを駆使して気持ちを伝えようとすることで、より子どもの感情も理解することになるはずです。

 子どもは目に見えるものに敏感で、自分たちの感情を全身で表現することも非常に上手です。それはなぜだと思いますか? 恥ずかしいとか、間違えていたらどうしようとかいったことで、ちゅうちょしないから、なのです。

 これから子どもたちが、国際社会においてだけでなく、もっと身近な人ともコミュニケーションするときに必要なのは、言葉を使って話すという意味の対話だけではなく、顔の表情だとかボディランゲージによって理解し合うことです。これと同時に大事なことは、言葉や音声などの制約がある中で、自分が表現したいことをちゅうちょなく表現するということ。案外これが難しいのです。どんな言語であれ、思ったことを表現するときのとまどいだとか、会話の口火を切るときの恥ずかしさだとかを克服しながら、みんなコミュニケーションをとっているわけですね。自分の弱さを受け入れて、どうにかして伝えたい・伝えられたいということが大切になってくるのです。

■自分をありのままに受容すると、ほんとうの「声」を出せるようになる

 「ダイアログ・イン・サイレンス」では、「音声・言葉が使えない」という非日常の中で、まずは誰でも大きな危機に陥るはずです。普段の生活において「できる人」かどうかといった背景は消失します。ここでは、普段は「できない人」と思っていた人が「できる人」になるかもしれない一方で「できる人」と思われた人が、色々なことができない、もろくて不自由な人になる可能性もあります。親子で「ダイアログ・イン・サイレンス」を経験したら、自分を表現することに長けた小さな子どもに、普段は強くて大きなパパが助けられる場面もあるかもしれないのです。

 日本の社会は、個性を発揮することに関して、プレッシャーが強い社会ではないかと私は見ています。人々が均質化されるべくコントロールされた社会では、全体のことが優先で「個人」は後回しになってしまうことがある。でも、そこには葛藤があるはずです。自分らしく生きたいと思ったときに、周囲からの「こうあるべき」というプレッシャーとのギャップが大きくて、悩み苦しんでいるんじゃないかと思うんです。

 そんな葛藤を抱えている人にとって大切なのは、「ふり」をしないことです。「できないわけじゃないんだ」とか「できなくても別に気にしていないんだ」という「ふり」のことです。大切なのは、自分が直面している問題を見過ごさないで、自分はこれができない、分からないということに気付いて、それを正直にカミングアウトしていいんですよ。そこから、自分自身について本質的な部分に触れることができるのですから。
大人たちこそ「ふり」をしないことを知ってほしい

 このことは、子どもたちを育てる大人、ママやパパたちにも言えることです。特に、すごく暴れん坊だったり、言うことを聞かなくて困る子ども、あるいは、どこかに障がいがあるといった特別なお子さんを持つママやパパに、「ふり」をしなくてもいいんだよ、ということを分かってほしいと思っています。特別な子どもは恥ずかしい存在じゃないんだ、むしろ、特別にできることや持っているものがあるんだ、と気づいてほしいですね。

 もし、子どもが耳が聞こえない・聞こえづらかったとしたら、家族にとっては大きなプレッシャーになることだと思います。子どもが何がしたくて、何を思っているのか、分かりづらいこともあるだろうし、親は「自分の子どもは障がい者だ」というイメージにとらわれることになるでしょう。そうした親子が「ダイアログ・イン・サイレンス」を経験したら、耳が聞こえないことはむしろ価値があること、資産だと感じられるようになるかもしれません。そして、自分の子どもを無理やり大多数に適応させようと思わなくてもよくなるだろうし、子どもをありのままに受け止められるようになると信じています。

 音のない世界では、目を使って相手を理解しようとします。見なければ分からないのですから、いや応なく「見る」ことに集中することになります。見ることで相手を理解しようとすることに意識が向かうんです。アテンドが伝えたいことが分からないときに、なんとか言っていることを理解しようとする、また、自分も「分からない」ということをボディランゲージで伝えようとします。お互いの情報を得ようと、道を探るわけですよね。このことは、実は耳が聞こえている日常にも起こっていることです。話している相手の表情を見て、相手の気持ちを理解しようとしているはずなんです。この理解したい気持ちが、コミュニケーションの一番大切な部分です。

 これは、耳が聞こえないことだけの話ではありません。国籍を超え、文化を超えた多様性の中では、誰でも自分自身の弱さを乗り越えるチャンスがあるんです。「ダイアログ・イン・サイレンス」では、参加した人がみんな同じ制限を受けることで、自分自身の弱さを乗り越える体験ができるのです。

次回は「ダイアログ・イン・サイレンス」を実際に体験した日経DUAL記者のレポートをお送りします。
  • 2017.09.07 Thursday
  • 05:43

雑誌

「高橋一生さん『直虎』“政次ロス”で視聴率低下にNHKが打ち出す仰天プラン!? 文/佐々木博之さん(芸能ジャーナリスト)2017年8月31日付 週刊女性PRIME」

最期の時を放送される前から、世の中の“政次ロス”の凄さは知っていますし、私も寂しく思っている一人です。さらに、この記事を読んでその存在の大きさが染みました。以下は、原文のままです。


8月20日の放送されたNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』の第33話『嫌われ政次の一生』で高橋一生さん演じる小野政次が非業の死を遂げた。  

 予想もしなかった彼の壮絶な最期に「これって、どういうことなの!」と驚きの声をあげた人も多かった。

 そのシーンを簡単に振り返ってみると、井伊谷三人衆の一人、近藤康用の策略で囚われの身となった政次がついに処刑されることに。

《白黒つけむと君をひとり待つ 天つたふ日ぞ楽しからずや》

 直虎に辞世の歌を残し刑場に向かった政次は、磔台に縛られる。いよいよ刑が執行されるその瞬間、雑兵から槍を奪った直虎が自ら政次の胸に槍を突き刺して罵倒する。それに対して政次は口から血を吐きながら直虎を罵り返すーー。

 これはすべて直虎を守るための芝居であることをファンもわかっていて、『おんな城主 直虎』の公式ツイッターには《自己犠牲という名の愛》《究極のラブシーン》などと書き込みが殺到。視聴率もわずかではあったが、前回より0・4ポイント上昇して12・4%。

 しかし喜んでばかりはいられない状況が。

「大河ファンがすべて歴史を知っているわけじゃないですから、特に女性ファンの中には政次は最後まで生き残ると思っていた人も多いんです。だからファンの間に“政次ロス”が広がってしまったんですね」(テレビ誌ライター)

 その結果翌週の視聴率はマイナス1・2ポイントとなってしまった。

「今回の大河は視聴率があまりパッとせず、高橋の人気で支えられていたところがあったんです。それがなくなってしまい、NHK内部でも“殺すのが早かったんじゃないか”なんて声が上がっていますよ」(前出・テレビ誌ライター)

 そのため、いまいちど視聴率上昇を狙う“政次復活”プランが練られているという。

「回想シーンでは登場するでしょうが、それでは熱狂的なファンは納得しないでしょうね。別の人物となって登場することも考えられます。

 『直虎』ではすでに乳母のたけが引退した後、たけの姪の梅が登場しますが梅沢昌代さんが2役を演じています。ただファンは政次の直虎に対するある意味“ツンデレ”の演技にキュンとしていたところもあって、できれば政次の高橋さんを見たいんです」(シナリオライター)

 そして、ここにきてこんな仰天プランが浮上してきているというのだ。

「政次は死んでいなかったというシナリオです。ファンの中には政次は生きていると思っている人が多いんです。

 それはあの処刑シーンにはいくつか疑問が残るからなんですが、もともと政次を処刑する役割の雑兵がとどめを刺していないこと。斬首された様子もなく、埋葬や弔いのシーンもありません。

 編集上カットされたか、初めからなかったのわかりませんが、しかしこれは好都合でした。示し合わせて直虎がわざと急所をはずし、政次は龍雲党の柳楽優弥さんたちが埋葬すると見せかけてどこかに隠したというシナリオを考えているようです。

 政次は元々資料が少ない人物ですし、大河ドラマはあくまでドラマです。視聴者が楽しめればいいので、必ずしも史実と合致する必要はないんです」(前出・シナリオライター)

 高橋さんの再登場を願うファンにNHKはどう応えるのか。
  • 2017.09.01 Friday
  • 10:53

雑誌

「元SMAPに新展開、香取さんはパラリンピックで草なぎさんはお酒CM NEWSポストセブン 2017年08月11日付」

この記事を読んで、少しホッとしたような心境になりました。皆様は、いかかでしょうか?
 以下は、原文のままです。

鮮やかな色づかいで描かれた太陽や海、富士山、桜、笑顔は躍動感であふれている。東京・赤坂にある『パラリンピックサポートセンター(以下、パラサポ)』には、香取慎吾さん(40才)が制作した、縦2.6m×横4.6mの大きな壁画が飾られている。

「パラリンピックにかかわる選手やスタッフにエンジョイしてほしいという思いを込めて描かれたものです。本人も絵を描くのが好きですし、この絵は関係者から高く評価されています」(芸能関係者)

 その豊かな才能が、今後の香取さんの活躍の幅を広げていくことになりそうだ。SMAP解散から約8か月がさん過ぎ、香取さんと草なぎ剛さん(43才)、稲垣吾郎(43才)の3人が所属事務所から独立するまで1か月を切った。

「独立のタイミングで“3人のレギュラー番組は打ち切られるのでは”という噂が報じられたこともありましたが、ほとんどの番組は存続という結果になりました」(テレビ局関係者)

 しかし、香取さんが出演してきた『SmaSTATION!!』(テレビ朝日系)は、9月いっぱいで終了する。

「香取さんにとって、後番組がドラマということが少なからずショックだったようです。というのも、ドラマは放送のだいぶ前にキャスティングを始めるもの。つまり、ドラマ決定はスマステの打ち切りがだいぶ前に決まっていたことを示すからです」(前出・テレビ局関係者)

 これから3人が活躍する姿を見る機会が減るのではないか――そんな心配をするファンも多いが、3人はそれぞれ、自分の得意な分野での新しい挑戦が見られそうだ。その1つが、2020年の東京パラリンピック。

 もともとSMAPはパラサポの公式応援サポーターだった。2年前に就任すると、中居正広さん(44才)が「SMAPの“P”はパラリンピックの“P”」と盛り上げた。冒頭で紹介した壁画も、その縁で香取が描いたものだった。

「ただ、SMAPが解散してしまったので、予定されていた応援サポーターとしての活動計画は白紙になってしまいました。抜群の知名度をいかしてパラリンピックの認知度向上に貢献してもらっていたので残念です」(パラリンピック関係者)

 しかし、ここへきて事態が動いているという。

「パラサポのメーンスポンサーである日本財団は、このまま手伝ってほしいと熱望しています。そこでキーマンになるのが、6月末にフジテレビを退社したSさんです。彼は『SMAP×SMAP』の元スタッフです。実はこのSさん、日本財団会長の息子さんなんです。2年前にSMAPが応援サポーターになったのも、Sさんの働きかけがあったからといわれています」(スポーツ紙記者)

 Sさんが懸け橋的な「強力助っ人」となって、元SMAPメンバーはこれからもパラリンピックとかかわっていきそうだ。

「特に、あの壁画は象徴的な存在。香取さんのアーティスティックな才能と天性の明るさに期待する声が自然とわき起こり、今後、パラリンピックの顔として活動していくことになりそうです。木村拓哉さん(44才)や中居さんたちにも応援サポーターをやってもらえたら…と関係者は考えているようで、夢は広がりますね」(前出・スポーツ紙記者)

 香取さん以外のメンバーも、新たな一歩を踏み出そうとしている。

「草なぎさんは10月からの新CMが決まったそうです。しかも、アルコール飲料だとか。撮影はこれからだそうで、草なぎさんにとって、あの泥酔騒動以来、初めてのお酒のCMです。SMAP時代とは違った、新しい一面が見られるかもしれません」(前出・芸能関係者)

 SMAPは形を変えても、1人1人の輝きは褪せない。
  • 2017.08.11 Friday
  • 17:43

雑誌

「PHP Special 特集 逆境をチャンスに変える!2009年5月号」

今回は、特集だけに注目して読みました。

「いつ変えるの? 今でしょ!」と、言われているような心境になりました汗
  • 2017.05.08 Monday
  • 13:01

雑誌

「[特集]転んでも、落ち込んでも 前を向いて生きる! 堀尾 正明、葉室 麟 [特別企画]ボケない脳の鍛え方 PHP 2017年 3月号」

本書は、落ち込んだり、悩んだりするとき、上手に自分を励まして、気持ちをプラス方向に向けられる人と、いつまでもマイナスの気持ちを引きずってしまう人がいます。その違いはどこからくるのでしょうか。2017年3月号では、フリーキャスターの堀尾正明さんのインタビューをはじめ、競泳選手でリオ五輪金メダリストの金藤理絵さん他のエッセイで、気持ちを前向きに持っていく方法について考えます。特別企画では「ボケない脳の鍛え方」について紹介されています。

今回は、『「あきらめ」を原動力にしよう 斉藤司? (お笑い芸人・トレンディエンジェル)』を読了しました。

ジャニーズ事務所に、履歴書を送った事があるのは知っていましたが、改めて活字で読んだクスッと笑わずにいられません(笑)

一方、23歳でストレスにより一気にハゲてしまった現実が綴られている箇所には衝撃を受け、言葉見つかりませんでした。

読み進めると、タイトル『「あきらめ」を原動力にしよう』とは、この頭髪に受け入れようという事だと分かります。

しかし、結びでジャニーズ事務所入については、今も「あきらめていない」気持ちが明記されている事に、凄みを感じました!!
  • 2017.03.27 Monday
  • 16:17

雑誌

「確かに、お前は大器晩成だけどな!! 『其ノ十九「私には、これくらいしかできませんので」(ジューシーズ児玉)』又吉直樹著 -キネマ旬報-」

本作品は、又吉直樹さんが隔月で連載しているエッセイです。中学生時代から現在までに、彼の人生を大きく揺るがした彼の周囲の人々からかけられた名言が1話に1人ずつ紹介されていています。

今回は、「ジューシーズ」の児玉さんの言葉にポイントになっています。

又吉さんの家には、ジューシーズというトリオで活動している児玉さん、そしてパンサーというトリオで活動している向井さんが同居しています。

2人との出会い、同居に至るまでの経緯とその生活ぶりが、詳細に書かれていて、思わずクスッと笑う所もありました(^_^)
  • 2017.03.26 Sunday
  • 15:00

雑誌

「[特集]転んでも、落ち込んでも 前を向いて生きる! 堀尾 正明、葉室 麟 [特別企画]ボケない脳の鍛え方 PHP 2017年 3月号」

本書は、落ち込んだり、悩んだりするとき、上手に自分を励まして、気持ちをプラス方向に向けられる人と、いつまでもマイナスの気持ちを引きずってしまう人がいます。その違いはどこからくるのでしょうか。2017年3月号では、フリーキャスターの堀尾正明さんのインタビューをはじめ、競泳選手でリオ五輪金メダリストの金藤理絵さん他のエッセイで、気持ちを前向きに持っていく方法について考えます。特別企画では「ボケない脳の鍛え方」について紹介されています。

今回は、堀尾正明さんのインタビュー 「望んでいない場所に幸せがある」を、前回より深く味わいました。

堀尾さんがアナウンサーになるきっかけとなったのは、大学で相談した時に勧められた事だったを知りました。
私が彼を注目し始めたのは「スタジオパークからこんにちは」でした。ご自身も、この番組を担当された事で面白さを見つけられたようです。

その「スタジオパークからこんにちは」は、2017年3月17日をもって22年の歴史に幕が下ろされました。
そして、現在キャスター担当されている「Nスタ」は2017年3月31日で卒業されます。




懐かしさとともに、何か一つの時代の節目を感じています。
  • 2017.03.25 Saturday
  • 10:58

雑誌

「確かに、お前は大器晩成だけどな!! 『其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)』又吉直樹著-キネマ旬報-」

本作品は、又吉直樹さんが隔月で連載しているエッセイです。中学生時代から現在までに、彼の人生を大きく揺るがした彼の周囲の人々からかけられた名言が1話に1人ずつ紹介されていています。

今回は、真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人が言った一言がポイントになっています。

ですがそれ以上に、又吉さんと吉本の養成所の同期だったF君の「真心ブラザーズ」ファンとしての思い入れにまず、驚き!

さらに、又吉さんと真心ブラザーズが一緒にライブをした事がある事を初めて知りました!

そして、「二年か三年経った時に、F君のコンビは解散し、F君はミュージシャンになった。F君のコントも独特だったけど、F君が紡ぐ歌詞は本当に凄く素晴らしかった。詩集を出版してくれたら絶対に買う。やっぱりF君は天才なんだと思った。」とF君への思いも伝わって、彼の歌を聴いてみたくなりました(^O^)


お読みになられた方は、いらっしゃいますか?
  • 2017.03.24 Friday
  • 16:11