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スポーツ

ピョンチャン五輪 主将は小平選手 旗手は葛西選手

来月、韓国で開かれるピョンチャンオリンピックの日本選手団の主将にスピードスケート女子の小平奈緒選手が、旗手にはスキージャンプの葛西紀明選手が決まりました。

JOC=日本オリンピック委員会は16日、ピョンチャンオリンピックの日本選手団の主将と旗手について選考の結果を発表しました。

その結果、主将は3大会連続でオリンピックに出場するスピードスケート女子の31歳の小平選手に決まりました。小平選手は500メートル、1000メートル、1500メートルの3種目に出場し、ワールドカップで15連勝している500メートルと世界記録を持つ1000メートルで金メダルの最有力候補です。

また、旗手には冬のオリンピックで史上最多となる8回目の出場を決めたスキージャンプの葛西選手が選ばれました。45歳の葛西選手は前回のソチ大会では日本選手団の主将を務め、ジャンプ男子のラージヒルで銀メダル、団体で銅メダルを獲得しました。

今回のピョンチャン大会では、自身が持つ冬のオリンピックの最多出場記録を更新する8回目の出場を決めています。

ピョンチャンオリンピックの日本選手団の結団式は今月24日に都内で行われます。



NHK公式ホームページ:http://www.nhk.or.jp

NHK 公式Twitter:@nhk_news
  • 2018.01.16 Tuesday
  • 19:36

スポーツ

フィギュア 羽生 選手 氷上での練習を再開

来月のピョンチャンオリンピックに向けて、ケガの回復具合が注目されるフィギュアスケートの羽生結弦選手について、日本スケート連盟の小林芳子フィギュア強化部長は、1週間ほど前から氷の上での練習を再開したことを明らかにしました。

小林部長は、16日都内で行われた日本スケート連盟の理事会の後、取材に応じ、去年11月のNHK杯の公式練習で転倒し、右足首のじん帯を痛めた羽生選手の現状について説明しました。

それによりますと、羽生選手はオリンピックに向けて拠点にしているカナダのトロントで1週間ほど前に氷の上での練習を再開したということです。
小林部長は、「羽生選手が努力をして気持ちを切らさなかった。集中力のある選手なので、しっかり調整してほしい」と話していました。

日本スケート連盟は、先月の全日本選手権のあと、羽生選手はピョンチャンオリンピックに間に合うとして、これまでの成績を考慮して代表に選びました。

ピョンチャンオリンピックは来月9日に開幕し、団体戦は9日から始まり、男子シングル前半のショートプログラムは16日、後半のフリーは17日に行われます。





NHK公式ホームページ:http://www.nhk.or.jp

NHK 公式Twitter:@nhk_news
  • 2018.01.16 Tuesday
  • 19:29

スポーツ

大相撲初場所 元大関 照ノ富士 関が休場

大相撲初場所で、元大関で平幕の照ノ富士関が、初場所3日目の16日から休場することになりました。

照ノ富士 関は去年9月の秋場所を左ひざのけがのため途中休場して大関から陥落し、去年11月の九州場所も途中休場して、今場所は東の前頭10枚目に番付を下げていました。

再起をめざして出場した今場所は、初日、2日目と精彩を欠く相撲で連敗していました。

照ノ富士 関の休場は4場所連続5回目で、16日に対戦する予定だった平幕の大翔丸 関は不戦勝となります。

今場所の幕内力士の休場は照ノ富士 関が初めてです。


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NHK 公式Twitter:@nhk_news
  • 2018.01.16 Tuesday
  • 15:17

スポーツ

元幕内 双大竜 関が引退会見「負けても悔しさなくなった」

1月福島県出身で大相撲の時津風部屋の元幕内・双大竜 関が引退会見に臨み「負けても悔しさがなくなってきた」と引退の理由について語りました。

時津風部屋の双大竜 関は福島県出身の35歳。平成17年夏場所で初土俵を踏み、スピードを生かした突き押しを持ち味に平成25年春場所、西前頭15枚目に昇進し、新入幕を果たしました。しかし、その後は右ひじなどのけがに悩まされて次第に番付を下げ、平成27年の夏場所には幕下に陥落し、今場所は西の三段目31枚目でした。

双大竜 関は初場所を前に日本相撲協会に引退を届け出て、16日午後、東京・両国の国技館で師匠の時津風親方とともに引退会見に臨みました。

双大竜 関は「13年間、自分の中では精一杯できた。幕下に落ちてからも関取への復帰をめざしていたが、気持ちがだんだんと入らなくなり、負けても悔しくなくなってきた」と引退の理由について語りました。
そして、東日本大震災で被災した地元・福島への思いを問われると、何度も涙をぬぐいながら「本当に大変なことが起きてしまい、被災された方々のことを思いながら、一緒にがんばって行こうとやっていた」と話しました。

双大竜 関は今後は相撲協会には残らず、相撲界で学んだことを生かして次の道に進むという考えを示しています。




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  • 2018.01.16 Tuesday
  • 15:12

スポーツ

パラスポーツ専用の体育館建設へ

2020年の東京パラリンピックに向けて、障害者スポーツの競技力を高めようと、東京・品川区にパラスポーツ専用の体育館が整備されることになりました。

このパラスポーツ専用の体育館は日本財団パラリンピックサポートセンターが、品川区の臨海副都心地区に整備します。
鉄筋地上1階建てで床面積はおよそ3000平方メートル、メインフロアはバスケットコート2面分の広さで、車いすで移動しやすい間取りや広い個室のトイレなど、バリアフリーに配慮した設計になっています。
パラスポーツをめぐっては、都内に障害者専用の体育館は2か所しかなく、そのほかの施設ではバリアフリーの設備が整っていなかったり、床を傷つけるといった理由で車いすでの利用を断られたりするケースもあり、練習場所の確保が課題になっています。
この体育館はことし5月に完成する予定で、東京パラリンピックの出場を目指す選手やパラスポーツの普及を進める団体が、無料で利用できます。




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  • 2018.01.14 Sunday
  • 14:17

スポーツ

大相撲 元幕内の北太樹 関が現役引退

大相撲の山響部屋の元幕内・北太樹 関が13日、現役を引退し、年寄・小野川を襲名しました。

北太樹 関は東京・町田市出身の35歳。中学卒業に合わせて当時の北の湖部屋に入門し、平成10年の春場所で初土俵を踏みました。

左四つに組み止めての寄りや土俵際での粘りを持ち味に、平成20年の秋場所で新入幕を果たし、平成25年の夏場所では最高位の東前頭2枚目まで番付を上げました。
しかし、去年の秋場所で幕下に降格し、今場所の番付は東の幕下3枚目でした。

北太樹 関は日本相撲協会に引退を届け出て、13日、年寄・小野川の襲名を承認され、今後は親方として後進の指導にあたることになります。

北太樹 関の年寄・小野川の襲名に合わせて、阿武松部屋の部屋つきの親方で、年寄・小野川だった元幕内・大道は、年寄・音羽山を襲名し、貴乃花部屋の部屋つきの親方で、年寄・音羽山だった元幕内・光法は退職しました。



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  • 2018.01.13 Saturday
  • 19:10

スポーツ

大相撲 元幕内の双大竜 関が現役引退

福島県出身で大相撲の時津風部屋の元幕内・双大竜 関が現役を引退しました。

日本相撲協会は双大竜 関が12日、引退届を提出し、現役を引退したと発表しました。

時津風部屋の双大竜 関は福島県出身の35歳。平成17年夏場所で初土俵を踏み、たび重なるけがの影響もあって、なかなか番付を上げられませんでした。

それでもスピードを生かした突き押しを持ち味に、初土俵から8年後の平成25年春場所、西前頭15枚目に昇進し、新入幕を果たしました。

新入幕は東日本大震災の2年後だったこともあり、「自分が頑張ることで励みになってもらえれば」とふるさとの福島県への思いをたびたび口にしていました。

しかし、その後は右ひじなどのけがに悩まされて次第に番付を下げ、平成27年の夏場所に幕下に陥落し、先場所は休場して今場所は西の三段目31枚目でした。



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  • 2018.01.13 Saturday
  • 19:01

スポーツ

大相撲初場所 3横綱そろって出場 稀勢の里 関は初日貴景勝 関

14日から始まる大相撲初場所は、3人の横綱がそろって出場することになり、たび重なるけがから復帰する横綱・稀勢の里は初日に新小結の貴景勝と対戦します。

日本相撲協会は12日、初場所の取組編成会議を開き、初日と2日目の取組を決め、元横綱・日馬富士が傷害事件の責任を取って引退したことにより3人となった横綱は、そろって初日から出場することになりました。




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  • 2018.01.12 Friday
  • 13:28

スポーツ

スキー五輪代表にジャンプ葛西 選手 高梨 選手ら11人が内定

来月開かれるピョンチャンオリンピックの日本代表に内定したスキージャンプなどの選手が発表され、前回のソチオリンピックで銀メダルを獲得した45歳のベテラン葛西紀明選手や悲願の金メダル獲得を目指す女子のエース高梨沙羅選手など11人が選ばれました。

全日本スキー連盟は、国際大会の成績などを基にピョンチャンオリンピックの日本代表の一部を内定し、11日夕方、札幌市内で記者会見し、メンバー11人を発表しました。

このうち、スキージャンプ男子では、ソチオリンピックで銀メダルを獲得した45歳のベテラン葛西選手が選ばれました。葛西選手は8回目のオリンピックで、自身が持つ冬のオリンピックの最多出場記録を更新しました。

小林潤志郎選手は今シーズンのワールドカップ開幕戦で初優勝を挙げ、初のオリンピックでメダル獲得を目指します。

女子では、前回のソチオリンピックは4位で、悲願の金メダル獲得を目指すエースの高梨選手が選ばれたほか、高梨選手とともにメダル獲得を狙う伊藤有希選手も選ばれました。

ジャンプ代表内定の9人

全日本スキー連盟から今回代表の内定が出たのはスキージャンプなど合わせて11人です。

スキージャンプは9人です。

男子の葛西紀明選手は北海道出身の45歳。1992年のアルベールビル大会から8大会連続の出場で、自身が持つ冬のオリンピックの最多出場記録を更新しました。所属チームでは選手兼監督として現役を続ける世界の「レジェンド」は、いまだ手にしていない金メダルの獲得を目指します。

小林潤志郎選手は岩手県出身の26歳。今シーズンのワールドカップ開幕戦で初優勝を挙げ、初のオリンピックでメダル獲得を目指します。

小林選手の弟の陵侑選手は岩手県出身の21歳。男子では、チーム最年少で、兄の潤志郎選手とともに初めてのオリンピックに臨みます。

竹内択選手は長野県出身の30歳。前回のソチ大会では団体で銅メダルを獲得したメンバーで、今回が3大会連続3回目の出場です。

伊東大貴選手は北海道出身の32歳。竹内選手と同じく、前回の団体銅メダルメンバーで、4大会連続4回目のオリンピック出場です。

高梨選手「目標は金メダル」

女子の高梨沙羅選手は、北海道出身の21歳。ワールドカップではこれまで4回の総合優勝のほか、男女を通じて最多に並ぶ通算53勝を挙げている日本のエースです。優勝候補として臨んだ前回のソチオリンピックでは4位に終わり、2回目の出場となる今回は悲願の金メダル獲得を目指します。

高梨選手は「前回のソチオリンピックが終わってからピョンチャン大会に向けて悔しい思いを持ってやってきたので内定を頂いたことは本当にうれしい。目標は金メダルなので、ここからまた練習に励んで本番でピークを持ってこられるようにしたい」と話していました。

伊藤有希選手は北海道出身の23歳。昨シーズンのワールドカップでは初優勝を含む5勝を挙げて個人総合2位に入るなど大きく躍進しました。2回目の出場となるオリンピックでは、高梨選手と同じく金メダルを目指します。

勢藤優花選手は北海道出身の20歳。昨シーズンはオリンピックのプレ大会として行われたピョンチャンでのワールドカップで自己最高の5位に入り、今回、初めてのオリンピックに臨みます。

岩渕香里選手は長野県出身の24歳。両ひざのじん帯断裂という大けがから復帰して、初めてのオリンピック出場をつかみました。



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  • 2018.01.11 Thursday
  • 18:16

スポーツ

星野仙一さん死去 プロ野球 楽天などで監督

プロ野球の中日、阪神、楽天で監督を務めチームをリーグ優勝や日本一に導いた、星野仙一さんが4日、亡くなりました。70歳でした。

星野さんは岡山県出身の70歳。明治大学から昭和44年にドラフト1位で中日に入団しました。現役時代は、闘志あふれるピッチングスタイルから「燃える男」と呼ばれ、中日のエースとして14年間で通算146勝をあげ沢村賞も受賞しました。

現役引退後は、NHKのスポーツキャスターを務め、さわやかな笑顔とわかりやすい解説で人気を集めました。その後、昭和62年には中日の監督に就任して大胆な戦力の入れ替えなどでチームを改革し、2回のリーグ優勝を果たしました。

そして、平成14年には低迷が続いていた阪神の再建を託されました。ここで星野さんは「勝ちたいんや!!」をキャッチフレーズにチームを改革し、就任2年目に阪神を18年ぶりのリーグ優勝に導きました。

阪神の監督を退いたあとは金メダルを目標に掲げ、北京オリンピックの日本代表の監督も務めました。その後、東日本大震災が起きる直前、63歳の時に楽天の監督に就任しました。被災地の球団としてチームを鼓舞し、就任3年目の平成25年には楽天を初のリーグ優勝と自身にとっても初めてとなる日本一に導き震災からの復興に向かう東北のファンを大いに元気づけました。

平成26年のシーズン終了後に成績の不振と健康上の理由から球団に迷惑をかけたとして監督を退きましたが、その後は球団の副会長に就任して梨田昌孝監督を招へいしたほか、ドラフト会議の方針決定や戦力の補強などチームの編成に携わっていました。そして野球界の発展に大きな功績を残したとして去年、野球殿堂入りしました。




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  • 2018.01.06 Saturday
  • 09:11